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米・チルドレ&サンダース社での当社釣竿の展示
米・チルドレ&サンダース社での当社釣竿の展示

 アメリカ向けの需要が一段落し、国内ではへら竿のみしか販売していなかった弊社は、新たに国内需要の開拓を迫られていました。当時の目標は総合釣竿メーカー。輸出向けの‘ルー’ブランドのバスロッドの販売を皮切りに、へら竿も手がけてはいたものの、まだまだ磯や船、鮎、渓流など未着手の分野も多く、釣竿専門の設計者を招聘しての本格的な開発がはじまりました。

 ルアーロッドではありませんが、私たちは‘磯1号、2号、3号’といった、日本初の高純度カーボン石鯛竿を70年台中盤には市場に流通させていました。まだ、ハイカーボン(高純度)の磯上物竿(グレ竿)が業界で珍しかった頃、ダイコーでは石鯛竿がすでに出来上がっていたのです。これらのロッドは1号にはブルー、2号にはレッド、3号にはグリーンの化粧巻糸で仕上げられ、ただでさえカーボンの石鯛竿が珍しかった時代、磯の上で一際目を引きました。無論、当時としては目を剥く価格の竿でもあったことは言うまでありません。


大阪釣用品見本市でカーボンロッド「磯2号」を手にする時の大関 旭国関(昭和53年2月)
大阪釣用品見本市でカーボンロッド「磯2号」を手にする時の大関 旭国関(昭和53年2月)

 70年台後半には、当時としては珍しかった炭素繊維90%前後含有のハイカーボンロッドの製作が進められました。現在では世界シェアのおよそ7割を占める国産カーボン素材(カーボンプリプレグ)ですが、この頃は原料の炭素繊維がまだ国産化されていない時代。アメリカから空輸されてきていたNarmco社製のカーボンシートを制式採用して、失敗に失敗を重ねて量産にこぎつけただけに、価格の方も抜きん出て高価となりましたが、出来上がった竿は折れにくく、私たちの創り出すブランクは最初から高い実用強度を備えたものであることが広く認められることとなりました。ダイコーロッドの‘強い’という個性が色濃く現れだしたのはこの頃からのことなのです。

 80年台前期には、100ミクロンのタングステンワイヤーにホウ素を化学蒸着させて、40トン相当の高弾性特性を可能ならしめた、当時の最新素材・ボロンを採用した、画期的な石鯛竿が製作されました。
石鯛竿の重量が900〜1200gの重量が普通であった当時、740gの軽さと、その軽量感にはそぐわない腰の強さで絶賛されましたが、価格も非常に高額なのがネックとなりました。
その後、ボロン素材は量産化によるコストダウンが叶わず、釣竿においては一部の希少価値品にわずかに使用されるにとどまり、カーボン繊維の高弾性高強度化、量産化にその主流を譲っていくことになるのです。
 80年代中期には、当時、最新の30トン高強度カーボン繊維を使用したブランクの製作が進められました。最新の素材は軽量化には寄与しましたが、ブランクそのものが肉薄になり、結果、強度面で十二分なゆとりが得られず、釣竿の分野に新たに座屈強度(ねじれやつぶれに対する耐性)を踏まえた設計が求められるようになったのです。
のちに円高やコストの問題から、チルドレ社への輸出ロッド生産は全面的に韓国にシフトし、大分工場は国内販売用のみの生産となりました。業績不振による工場閉鎖寸前の危機に陥ることもありました。しかし、そんな危機を乗り越え、私たちのロッドメイキングは新しい時代を迎えていくこととなるのです。

 また、商品の充実化と並行してブランクの体系化も進められ、カテゴリー毎にターゲットとの真っ向勝負を愉しむための、挙動をリニアに伝えるダイレクトな操作性を発揮するものと、操作に対するレスポンスでは劣るが、ターゲットを不必要に暴れさせることのない、細仕掛けで大物を仕留めるための磯竿のようなしなやかさを発揮するものなど、目的や用途に応じて、表記上の数値性能が近似した商品でも、全く異なる特性を発揮するブランクの設計開発が急速に行われていくことになりました。
 同時にこの頃から当時の高級竿のスペックであるハイ・カーボン(炭素繊維含有率90%以上)&SICガイドを普及品並みの低価格で実現した高性能ロッドの製作が進められました。値ごろ感のあるリーズナブルなロッドメイキングという、市場に沿った新しい方向性が生まれ、価格と釣趣を充たす、充実した商品群が整うこととなったのです。

私たちは長い歴史の中で、竹・グラスファイバー・カーボングラファイト・ボロン・ケブラー(アラミド)など、時代ごと、最先端のロッドマテリアルと向き合いながら、常に新しい理想を求める声に耳を澄ませ、最新素材の可能性と、それに見合った設計、製造手法の開発にこだわってきました。誇張して伝えることはありませんが、時代を創るロッドの多くを輩出し、超えられることのない実績を積み上げてきたのは、そうした技術による革新に裏付けられた確かな技術があったからこそなのです。
ジャパンクオリティを実現するダイコーのクラフトマンシップ
ジャパンクオリティを実現するダイコーのクラフトマンシップ

最良のロッドを製作するために必要なのは、その釣りに精通するアングラーとのコミュニケーションです。そして、試作を繰り返しながら、彼らとともに煮詰めて行くこと。私たちは、魚を釣るために求められる最高のロッドを作りたいのであり、アングラーを釣るためのロッドを製作しているわけではありません。
浮き沈みの激しい釣具業界において、市況の変化とともに幾多の苦しい運営を強いられたこともありましたが、先人の血のにじむような苦労とともに、販売方針の転換、特化した商品戦略など、慣習に捉われない独自の路線を歩み続けてきました。

そして、平成23年(2011年)1月、私たちは大分豊後高田に拠を構え60年を迎えました。気が遠くなるほど地道な反復作業を礎とする、経験の蓄積に基づいた本当のロッドメイキング−私たちのロッドの多くは、過度や華美による驚きを感じ取ることは難しいかもしれません。少々、無愛想ですが、‘余計なことはしない。手間は惜しまない。素材の個性を引き出す。飾り立てない。小細工しない。すっと手になじみ、毎日使いたくなる。’そう思って創ったロッドから、たくさんのロッドが広がっていきました。より良いブランク製作のためには、素材の探求はもちろんのこと、ちょっとした違いでもそれが必要ならば地味で目立たないパーツまでも新たに作ってしまう。このスタンスは、竿に適した竹材を求めるために竹林まで購入したりしていた60年前となんら変わることはありません。
私たちが考える優れたロッドメイキングの本質とは、10年先を見据えた堅牢性や機能性に加え、2年、3年と使いこんで、初めて、‘あぁ、そうだったのか’と感じてもらえるような、そのロッドを手にしたアングラー自身が育てられるストーリー性を備える必要があります。
60年という長い期間を経て進化した、本当のロッドメイキングの結晶がここにあるのです。